おはこんばんにちは。きゅうべいです。
前回の長文「雑談:CD時代の黄昏と音楽が“ライブラリ化”される未来」を書いた際、ざっくりとCD制作の流れやレコード会社のことも書いたのですが、本筋とズレていたためバッサリとカットしました。
せっかく書いたので、こちらを別記事としてアップします。ボツ文章なので特に論点や結論がないですが、業界外の人には面白く読んでいただけるんじゃないかなと思います。
曲ができて音楽CDが発売されるまで
音楽がCDになってお店に並ぶまでって、意外とたくさんのプロセスがあります。
- 作詞・作曲
- レコーディング(バックトラック)
- レコーディング(歌入れ)
- マスタリング
- デザイン制作(印刷物手配を含む)
- CDプレス
- 流通
- 販売
アーティストが自分たちで曲を作るか、レコード会社主導で曲を作るかによって多少の違いはありますが、流れとしては概ねこんな感じです。
業界外の方には馴染みが薄いと思いますので、それぞれの工程を簡単に紹介していきましょう。
工程1. 作詞・作曲
バンドなどで自前で作詞・作曲まで全部こなすアーティストの場合、実はこの工程ではあまりプロデューサーの出番はありません。 一応、マーケティングのデータや、タイアップの事情などを踏まえて「次の曲はこんな感じでお願いします」といった話をすることはありますが……言うことを聞いてくれるかどうかはアーティスト次第。けっこうまちまちです。
逆に、歌唱専門の方や自社所属のアーティストの場合、楽曲の手配は基本的にプロデューサーの仕事になります。 「次はこういう企画でいこう」という方針が決まったら、付き合いのある作詞家・作曲家に直接オファーしたり、たくさんのクリエイターが所属する「制作集団」的な会社(※1)に依頼して、その中から人選してもらったり……という形で、曲づくりが進んでいきます。
この辺りのやり方は本当に多種多様で、プロデューサーによって“仕事の仕方の訛り”がものすごく出る工程です。 きちんと楽譜まで用意するのが普通ですが、仮歌の音源とコード譜だけで済ませちゃうような雑なプロデューサーさんもたまにいます。
ちなみに、バンドが自分たちで曲を作ってくる場合は、そもそも譜面が存在しないこともあります。 その場合、最終的に完成した音源をもとに、あとから外注で譜面に起こしてもらうケースもあります。
余談ですが、皆さん「作曲」と「編曲」の違いを意識したことはありますでしょうか?一般的に「作曲」とは、メロディーライン(主旋律)とコード進行を作るところまでのことを指します。 ざっくり言えば、「ピアノ伴奏でひとりで歌える状態」まで作るのが作曲です。
一方で「編曲」は、そこにドラムやベース、ストリングスなどを加えて、全体の音をアレンジ・肉付けしてゴージャスにしていく作業です
どちらが上とか偉いとかいう話ではありませんが、例えるなら「キャラを描く漫画家」と「背景やエフェクトを入れるアシスタント」みたいな関係と考えていただくと、イメージしやすいかもしれません。
編曲はこだわり出すと本当にキリがなく、無限に時間が溶けるので、スケジュール管理が非常に大事なポイントになります。
工程2. レコーディング(バックトラック)
曲が出来上がったら、まずスタジオミュージシャンの方たちを集めて、バックトラックのレコーディングを行います。 昔は16トラックが一般的でしたが、最近では32トラックまで使うこともあります。 トラックというのは「マイク1本で1回分の録音ファイル」のことだと思って下さい。基本的には楽器1本で1トラックですが、場合によってはキーボードの多重録りや、ギターのトラック重ねなどで、どんどん増えていくこともあります。フルオーケストラの同時演奏一発撮りともなると、10本以上のマイクを立てて一気にトラックを作ります。
ちなみに、レコーディングにはたいていPro ToolsやCubaseといったワークステーション(=録音に特化した専用のパソコンだと思ってください)を使用します。昔はMacやLinuxをベースにこういったDAWソフトを導入したものが多かったのですが、2010年ごろからはWindowsベースのものもちらほら見かけるようになってきました。
録音スタジオの名門といえば、ニッポン放送の「一口坂スタジオ」、キングレコードの「キング関口台スタジオ」、国立競技場の裏にあるビクターエンタテインメントの「ビクタースタジオ(スタジオフレア)」、テイチクの「グリーンバード杉並」あたりです。キング関口台はオーケストラの録音も出来る圧巻の巨大スタジオです。しかし、後述する市場や技術の変化により、レコード会社直営のスタジオは規模縮小や閉鎖が増えてきています。
工程3. レコーディング(歌入れ)
バックトラックが出来たら、いよいよ歌入れです。バックトラックと同じ要領で今度はボーカルを録っていきます。たまに掛け声などを複数人で録ることもありますが、原則として1人ずつ録っていくため、アイドルものだと1日で終わらないこともあります。グループによっては、メンバーごとに別の日に録るのが普通だったり、あまりにその日のコンディションがヤバすぎる場合は日を改めてもう一度録ることもあります。また、ボーカルを録った後にバックトラックを追加したり、逆に併せてみた結果微妙だったためにボーカルを録り直したりと、工程2と3は行き来することがあります。その分、お金もどんどん消えていって涙で前が見えなくなっていくわけです……。
工程4. マスタリング
さて、工程2と3で録り溜めたトラックは、すべてバラバラになっています。イメージ的には、楽器や声が1種類ずつ入ったWAVファイルが30個くらいあると思ってください。 マスタリング工程では、このバラバラの音声トラックを最終的にL/Rの2チャンネルに統合します。(※2)
「くっつけてステレオにするだけ」と言うと簡単に聞こえますが、音が完成する最終工程であるため、実際にはアーティストのこだわりが炸裂する部分です。
基本作業としては、まず音量の調節があります。昔のナンバーガールの曲には、バックトラックが大きすぎてボーカルの向井秀徳の声がほとんど聞こえない曲もあります(※3)が、通常はそういった極端なことはせず、自然に聞こえるようにバランスを調整します。ボーカルが複数人いる場合は、声の大きさがバラバラだったりもしますしね。
ボーカルについては、ピッチ(拍子)と音程の修正を行います。極端に音痴でなかったとしても、どうしても声は揺れてしまいますからね。ライブではオートチューンを使って自動で補正しますが、録音したトラックはほぼすべて手動で修正します。(※4)
そのほか、特にバックトラックや効果音、掛け声などについては、「L/Rのどのあたりの位置から聞こえているようにするか」という「定位決め」という作業があります。あまりにも極端に右か左に偏っていると違和感がありますが、おしゃれにするために特定の楽器やメロディだけを片側に振るというのはよくある手法です。「ばらの花(くるり)」などは、良いヘッドホンで聴くと神がかった定位感によって音に包みこまれるように感じる美しさがあります。ラフ×ラフの「超めっちゃ“キュン”でしょ?」も、インディーズ楽曲ながらマスタリングエンジニアは最高の仕事をしています。こういうのをハイレゾで聴くととっても気持ちいいです。グッジョブ!(※5)
マスタリングスタジオは、それほど広い設備を必要としないため、レコーディングスタジオと併設・共用されているケースや、一部ではアーティストがプレビューしやすいように、交通の便が良い本社ビル内にマスタリングスタジオだけ設けられているケースもあります。
ちなみに、世界で最も有名なマスタリングスタジオは、泣く子も黙るニューヨークの「STERLING SOUND(スターリンサウンド)」です。ハドソン川沿いの一等地にあり、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」やビリー・ジョエルの「ストレンジャー」など、名曲の数々がここで仕上げられました。日本でも、東芝EMI勢をはじめ多くのアーティストが愛用していました。実は私も少しだけ関わりがあり、STERLING SOUNDのテッド・ジェンセンから上がってきた生データを、たまにニヤニヤしながら聴いています。
──と、まあざっくりこういった過程を経て、音源の最終形が出来上がります。
私が関わってた時代は、完成品は原則96kHz/24bitで仕上げていて、たまに192kHz/32bitということもありました。
最近は、さらに高音質なフォーマットも存在するかもしれませんが、いかんせんデータ容量が大きくなるため、たぶんあんまり変わっていないんじゃないかという気がしています。
このマスタリング済みの完成音源のことを、正式には「原盤(読み:げんばん)」、業界用語では「音源マスター」と呼びます。
これをCD用であれば、44.1kHz/16bitにエンコード(=ダウングレード)し、DDPという形式で書き出します。
DDP形式は業界関係者以外にはまったく馴染みがないと思いますが、個人で音楽CDをリッピングした際にできる「WAV+CUE」ファイルの業務用版だと考えていただければ、おおむね合っています。
工程4.5:デザイン制作
さて、こういったCDの中身と並行して、外側のパッケージ部分も準備していきます。通常はブックレットとトレイ下の裏表紙(=バックインレイ)、タスキ(=オビ)、CDのレーベル面のデザインをデザイナーにまとめてお願いします。アーティストものだとシンプルなレーベルデザインが多いですが、アイドルものだとピクチャーレーベルで本人たちの写真にしたり、凝った色を使ったりと、いろいろ手間がかかります。アーティスト撮影ももちろん入りますし、意外と時間がかかる工程です。ブックレットの文字校正などは、本当に面倒です。「発売日が変わったのに裏ジャケの記述を修正するのを忘れていた」なんていうミスは業界あるあるです(笑)。 昔はレコード会社(やグループ)の中に自前のデザイナー部門があったのですが、最近は解体したり分社して売ったりして、あまり残っていない印象があります。また、デザインはアーティスティックな部分なので、アーティスト(本人や事務所)が自前で友達やご指名のデザイナーに依頼して、完パケで持ってくることも多いです。
最終的にこういった印刷物等を諸々完成させて、いよいよプレス会社にすべてを集めます。
工程5. プレス
中身と外側が全部決まったら、それをプレス会社に頼んで、いざパッケージを製造します。 とはいえ、ここまでくれば、あとは素材だけ納品して待っているだけです。 1週間ほどできれいにキャラメル包装されたCDが出来上がってきます。
ちなみに、現在プレスを頼める日本国内のCD製造工場は、大手2社だけです。それこそ昔は各レコード会社でみんな自前の工場を持っていましたが、業界の効率化でほとんど撤退してしまいました
工程6. 物流倉庫にストック
ここまで行けば、あとは流れ作業です。
出版業界と同じように、音楽CDにも日販やトーハンといった卸問屋があります。ただ、最近はタワーレコードやAmazon、楽天など、大手企業ははほとんどレコード会社と直接取引をしているため、出版業界よりも問屋の政治力が弱いかもしれません。「日販やトーハンに逆らったらヤバい」というようなことは、こと音楽業界に限っては全くありません。
このようにして出来上がったCDを物流倉庫に放り込み、届いたオーダーに従って、各ショップ指定の場所にどんどん送ってもらいます。
工程7. 販売
CDは書籍と同じく再販制度の対象のため、原則として値引き販売がありません。(※一部、初回特典がついている商品は再販制度の対象外なので、通常版は棚にあるのに豪華ボックスがワゴン行きになるという悲劇がたまにあります。) そうすると、日本の法律に縛られないAmazonだけが値引き販売をしてくるため、正直、通販に関してはAmazon一強です。 そのため、最近ではリアル店舗には店舗限定特典をつけるのが当たり前になっています。費用は当然、レコード会社持ちです。昔はショップに気を使って直販を控えているレコード会社が多かったのですが、最近はなりふり構わず直販やファンクラブ販売に力を入れています。
レコード会社の役割の変容
一昔前までは、レコード会社はアーティストを発掘してからレコードを発売し、ライブを行うところまで、音楽ビジネスの機能をほぼ全て網羅していました。
例えば、老舗筆頭のテイチクには作詞家や作曲家が社員として所属していましたし、それどころか社内にオーケストラまで抱えていました。昔は演歌や歌謡曲の伴奏を生演奏でしていたので、ほぼ毎日どこかしらで演奏ニーズがあったんですね。文字通り「職業演奏家」で、芸術家というよりはバンドマンのようなノリの過酷な環境だったと聞いています。さらにレコーディングエンジニアやマスタリングエンジニアも社内にいましたし、なんなら歌手を社員にしているケースだってありました。それどころかCDの製造工場も自社で運営していて、まさに曲を作るところからレコードを売ってライブをするところまで、全部やってたんですね。
そんなところから時間が経つにつれて業界の最適化が進みまして、現在のレコード会社はその中核であるA&R部門やライブ・マーチャンダイズ部門に力を入れ、それ以外は切り離していくようになっています。
ここでA&Rについて触れておきましょう。
A&Rは「Artists and Repertoire(アーティスト&レパートリー=演奏家と作品)」の略で、要は作品を作ることに関するクリエイティブ面の全般を指します。アーティストを発掘したり、アーティストに作品を作ってもらう部分です。ここが音楽ビジネスの本丸の機能で、いわゆるプロデューサーはこの部署にいます。世間的には小室哲哉さんやつんく♂さんのイメージが強すぎて、プロデューサーはなんでもかんでもできると思われがちですが、もちろんそんなことはありません。どんな作品を作ってもらうのか、どういうコンセプトでアーティストを売っていくのか、具体的にどの作詞家・作曲家に頼むのかといった方向性を決めるのがプロデューサーの仕事で、実際に自分で手を動かして音楽を作る部分は本職ではありません。
大きな会社だと、プロデューサーには見習い的なディレクターが付き、実際のスケジュール管理やアポ取りなどの現場回しはディレクターが担います。そのため、プロデューサーはどちらかというと、時流を読むためのマーケティング調査がメインで、新人発掘のためにライブを見まくったり、事務所をハシゴしたり、飲みニケーションでタイアップを取ったり、アーティストのお悩み相談に乗ったり、そういった対人の地味な仕事をひたすら行います。学生時代にバンドマンだったような方もいますが、自分で作詞作曲をやるプロデューサーは珍しいです。
レコード会社は突き詰めればアーティスト頼りの商売ですから、いかに良いアーティストを発掘して独占的に抱え込むかが、もっとも大切な部分です。才能ある新人を発掘して契約できたとしても、アーティストが売れて大きくなるとパワーバランスは逆転し、次第にアーティスト側の発言権が強くなっていきます。この辺の事情は、売れっ子漫画家と同じようなものです。ビッグアーティストになれば、よそからも引く手あまたですから、移籍もありますし、個人事務所を作って独立することもあります。
昔はアーティストに対して奴隷契約のような酷い扱いをする会社もありましたが、最近はほとんど聞きません。プロデューサー側も、アーティストと円満に二人三脚で進んでいくスタイルの人が、なんだかんだで生き残っています。あまり表に情報が出てこないものの、ビッグアーティストの個人事務所には、たいてい担当プロデューサーが役員として入っていて、アーティストが苦手な金勘定や、事務所同士の業界政治・お付き合いを担っていることが多いです。
前回の記事に書いたとおり、最近はレコード会社が中間流通業者的な扱いを受けることが多く、事務所側もできる仕事は自分たちで賄うようになってきています。ライブの開催・運営はもとより、ファンクラブの運営やマーチャンダイズなど、「レコードを売る」こと以外は、ほとんど事務所が主導するケースが多いです。レコード会社目線で言うと、「新人を発掘して大きくなったら逃げられて、また発掘して……」というループを繰り返す、なかなか過酷なビジネスモデルになってきています。
もし音楽業界に就職したいという学生さんがいらっしゃったら、悪いことは言わないので、「自分が本当に何をしたいのかを考えたほうがいいよ」とお伝えしたいです。レコード会社は「新人を発掘して寄り添うのが好きな人(※6)」に向いていて、「すでにスターな人と仕事がしたい」「スターに会いたい」という人は、やめたほうがいいです。
注釈
- 昔は「音楽出版」という機能が作詞作曲等の制作を担っていました。老舗の音楽出版社ですとフジパシフィックミュージックや日音です。もう売却しちゃいましたが、日音の昔の自社ビルは業界では「ダンシング・オールナイトビル」と呼ばれていて(笑)、もんた&ブラザーズの「ダンシング・オールナイト」の印税で建ったとまことしやかに言われていました。最近は音楽出版というよりも芸能事務所のような「作詞作曲家の事務所」が乱立しています。
- 2024年にApple Musicの仕様変更があり、Dolby Atmosに対応しているかどうかで使用料率が変わるようになりました。相変わらずAppleのエグいゴリ押しなわけですが、実質的にほぼ対応義務のようになっているため、最近はステレオ2chと一緒に7.1chや9.1chのサラウンドファイルも同時に作るのが一般的です。
- 当時のインディロックバンド界隈では、「ミスチルみたいにエモいのはダサい」「歌詞が聞き取られたら負け」といった風潮があり、ノイズを高音圧でゴリゴリ入れてボーカルがよく聞こえないようにするのが“おしゃれ”とされていました。
- 余談ですが、まだ修正技術がなかった時代の遺物、メジャーレーベルで最後の「音痴でヤバい」作品は「INFINITY EIGHTEEN Vol.2(鈴木あみ/2000年)」だと、業界ではまことしやかに言われています。ちょうどこの後ぐらいにPro Toolsのバージョンアップがあってピッチ修正が簡単にできるようになったため、業界から音痴なCDが姿を消しました。興味がある方は、是非、中古やレンタルで「INFINITY EIGHTEEN Vol.2」をご鑑賞ください。
- 定位を使った音楽の金字塔は「We are the world(1985年)」です。クインシー・ジョーンズがプロデュースし、総勢40名以上のスーパースターが歌を繋いでいくオールスター作品です。各ボーカリストの定位が全て計算して配置されており、ちゃんとした環境で目をつぶって聴くと、どういう順番に並んで歌っているかが分かるという圧巻の仕上がりです。
- 私自身もそうですが、「”自分では超面白いと思うけどまだみんなに知られていない事”を広めたい!」という人には本当に向いてます。逆に、「マニュアルや指示が無いと行動するのが難しい」「みんなと同じがいい」という人にはまったく向いてないです。新卒向けの会社説明会を頼まれるときには、「常識ある変人が向いてるよ」「コミュニケーションが出来てアニメ・音楽以外のジャンルのオタクがいい」と言ってます。