CD時代の黄昏と音楽が“ライブラリ化”される未来

おはこんばんにちは。きゅうべいです。

さて1万字超えの前編に続きまして、後編は「CD/配信から見る音楽ビジネス」のお話です。

事の始まりは、前編でちょいと書きました「ドラマチックレコード」と「ラフ×ラフ」の音源を買おうとした時です。私、何かがフックになって「とりあえずこの人の音源聞きたいな」と思った時は大抵最新のCDアルバムを買うかツタヤで借りるかします。最新アルバムってそのアーティストの「いま」がざっくり分かるカタログ的な意味合いですからね。「この人はどっち系の音の志向なのかな?」とか「曲順に気を使ってるのかな?」とか、そういうノリが見えます。

ところが、「ドラマチックレコード」も「ラフ×ラフ」もCDアルバムが無い。「まぁデビューしたばっかだしね」と思ったら、シングルCDも「君はソナチネ」しかない。

おぅ……。

仕方ないのでとりあえず音源は配信販売で全部買ったものの、これ結構時代の代り端だなぁと思ったんです。
そんなわけで音楽ビジネスの話です。

音楽ビジネスについて

音楽ビジネスにおける主な収入源は、以下のとおりです。
・レコードの販売
・タイアップ等のスポンサー収入
・ファンサービス関連(ファンクラブの会費やマーチャンダイズ)
・ライブビジネス

今回は主にレコード販売の部分のお話しです。

変わる業界構造、変わるメジャーの意味

よく「メジャーデビュー」という単語を耳にすると思います。まるで物凄いことのように聞こえますが、 実はイメージに反してそんなに大した意味ではありません。業界的には「日本レコード協会の会員社が発売している」=「メジャーレーベル」になり、それ以外は全部「インディーズ」です。ただ、正直ピンキリでして、メジャーレーベルだからといって偉いかと言われると、一概にそうとは言い切れません。
たとえば、EXILEの「LDH」や元ジャニーズの滝沢秀明さんによる「TOBE」なんかは、事務所から直接作品をリリースしています。TOBEに至っては、流通や営業も自分たちで手がけている正真正銘のインディレーベルです。でも、規模や影響力で言えば、メジャーレーベルの中に入ってもまったく大差ありません。

では、そもそもメジャーデビューするメリットとはなんぞや、という話です。

アーティストがメジャーと契約すると、いくつか良いことがあります。まず、原盤の制作費、プレス費用、宣伝費などがレコード会社から支給されます。さらに、レコード会社のコネでTVの歌番組やラジオ等に出演できたり、関連するアニメやドラマのタイアップを取ったりできます。一方で、デメリットはというと、自分たちでやるよりも利益が薄くなる点と、活動の自由度(※1)が減ることです。つまり、財務的に言うとキャッシュフロー上の初期費用が減って、その分成功報酬が薄くなる。マネジメント的に言うと、「自分たちが好きな時に好きな音楽をつくって、好きにライブをやる」ということができなくなります。特に最近は、いわゆる「音楽番組のレコード会社枠」が減ってきていて、例えばフジテレビ系列のポニーキャニオンからデビューしたからと言ってMUSIC FAIRやFNS歌謡祭に出られるわけではありません。さらに、アーティストの大きな収入源であるライブやマーチャンダイズ関連については、アーティストパワーが大きくなればなるほど事務所主導になっていき、あまりレコード会社は関係が無くなっていきます。
そういう点でも「メジャーと契約する意味」が昔よりも希薄になっているのは間違いありません。

音楽業界における“出版・流通”としてのレコード会社

「レコード会社」というと華やかなイメージがありますが、実際にやっていることは、本の出版社と同じく“出版・流通業”です。アーティスト=作家と二人三脚で作品をつくり、それを全国流通に乗せて宣伝し、大量販売を目論む。他の業界と同じく、最近ではレコード会社も「中間流通業」、つまり「省かれても仕方ない中抜き会社」だという世間的にアウェーな空気感をビンビン感じます。出版社がKindleをはじめとする電子書籍に押されているように、レコード会社も音楽配信にだいぶ押されています。
しかし、音楽には音楽固有のちょっと特殊な事情もあります。

音楽配信には、いわゆる「サブスク聴き放題」と「音楽データ買い切り販売」の2種類があります。前者は「Spotify」「Amazon Music」「YouTube Music」「Apple Music」、後者は「レコチョク」「iTunes Store」「OTOTOY」などが代表的なサービスです。

「サブスク聴き放題サービス」は、プラットフォーマーが収益をほぼ持っていってしまうため、アーティスト側にお金が落ちず、ビジネスモデルとしては成立していません。一応、「プラットフォームの総再生回数における該当楽曲の再生数の割合」に応じて使用料が支払われる仕組みにはなっていますが、それもすずめの涙です。生々しい話ですが、Spotifyだと月間1,000回再生されて、やっと3円くらいです。100万回再生されたところで、中学生のお小遣い程度です。

さらに、各種プラットフォーマーは「アグリゲーター」と呼ばれる「専用のアップロード代理店」の認定制度を設け、コンテンツの審査・フィルタリングを行っています(※2)。そのため、いわゆる自主制作作品が直接配信に乗ることはなく(※3)、こうした中間業者への手数料などが初期段階で差し引かれるビジネスモデルを踏まえると、アーティスト目線では、サブスクへの配信は宣伝以上の意味をほぼ持ちません。なんなら、初期費用を回収できずに逆ザヤになることがほとんどです。

このあたりは、映画・アニメなどの映像コンテンツとは事情がまったく異なります。映像作品の場合、配信プラットフォーマーからは、イニシャルで放送費用(※大抵は“1万再生分を含む”などのミニマムギャランティ付き)が数百万円単位で支払われます。独占配信や先行配信などのオプションが付く場合は、桁が1つ増えます。さらに、再生回数に応じたインセンティブもあります。
ですから映像作品では、DVD/BDの販売よりもストリーミング配信による売上のほうが大きいケースが多くなっています。

そうなると、レコード販売のビジネスは、結局「楽曲の販売」が中心ということになります。実際に、日本レコード協会が発表している音楽パッケージの売上推移を見ると、新型コロナで業界が壊滅状態となった2020年を境に(※4)、2024年までは市場が横ばいどころか、むしろ少し伸びています。一方、日本映像ソフト協会が発表する市場データでは、映像パッケージは過去10年ほど毎年10%近く下がり続けています。これは、海外とは大きく異なる事情です。

物理パッケージのリスクと費用対効果の現実

ここからが本題です。

これまで見てきたとおり、楽曲を作って利益を得るには、「サブスク聴き放題」よりも「直接的な楽曲の販売」の方が良いという話でした。では、「楽曲の販売」の中で見たときに、CDを作るのと配信(=データ販売)ではどちらが良いのでしょうか?実は、作り手側としてもユーザー側としても、最近はCDを製造・販売することのメリットが減ってきている気がします。

作り手側の視点でいうと、物理的にCDを製造することには、在庫リスクと在庫切れによる機会損失リスクがあります。昔はタワレコやHMV、ツタヤの店頭を占領して目立つことに大きなメリットがありましたが、最近はリアル店舗も減ってきました。さらにAmazonや楽天などの通販中心となると、それほど大きな宣伝効果はありません。(※5)

一方、配信データ販売であれば在庫リスクなどはありません。
デザインデータについても、ジャケットだけが必須でブックレットを作らないことも多いため、イニシャル費用をかなり抑えられます。そのぶん売価にも差をつけることになり、たとえば最近のCDアルバムは4,000円前後ですが、配信データ販売だと2,000円〜2,500円程度で販売されます。
また、シングルCD(2曲+カラオケ2曲)なら1,000円強で販売しますが、配信だと4曲セット1,000円または1曲250円というような売り方になり、わざわざカラオケ版を買う人が少ないので実質2曲分500円で販売されているような構造になります。つまり、イニシャルの固定費の差はありますが、変動費だけでみた利益額ではCDの方が儲かる計算になります。

そんなわけで爆売れするタイトルであれば、単価の高いCDのほうが最終的な利益は大きくなります。

では、このCD販売と配信データ販売の利益がどこで逆転するのかというと、おおよそ5,000枚(5,000DL)あたりが分岐点になります。
CD5,000枚という数字を「しょぼい」と思われるかもしれませんが、実際は意外とハードルが高いです。
私が業界に入った2006年当時は、シングルCD1万枚以下のアーティストはリストラ候補でした。そこから20年近く経った現在、1万枚売れればかなりのビッグアーティストといえます。マーケットの隙間にハマればオリコン週間1位がギリギリとれますしね。CD5,000枚というと、オリコンで言えば週間トップ10に入り、ちょうど単発ライブでZEPP系列を埋めるくらいの規模感です。ちなみにこの規模だと全国ZEPPツアー(※6)ではちょっと厳しいと思います。
逆に言えば、お台場のZEPP DiverCityやGARDEN新木場FACTORYを単独で埋められないアーティストは、CDを出すよりもデジタルリリースのみにしたほうがメリットがあるという話になります。

音楽も「物」から「データ」へ──なんでもライブラリ化時代

さて、こんな音楽パッケージ市場の状況ですが、私は強烈なデジャヴを感じています。そう、テレビゲーム業界です。
テレビゲーム業界では、2020年ごろに激しい次世代ハード競争が勃発していました。
PlayStation 5とXbox Series X/Sという新機種の発売を目前に控え誰もが様子見をしている中、結局マーケットの覇権を握ったのは、横から颯爽と“ごぼう抜き”していった米Valve社のSteamでした。
SteamはWindows PCベースのゲーム配信プラットフォームで、Windowsの高い下位互換性を背景に「昔のゲームでもなんやかんやで動く」「パッケージを買うより安い」「グラボとコントローラーを揃えれば、プレステなどを買うより安く、それなりに遊べる」という圧倒的な利便性を武器にしていました。加えてプレイ履歴も含めた持っているゲームの統合管理ができる「ゲーム版のiTunes」的なライブラリ機能が大ヒットの要因となりました。
さらにデータ配信プラットフォームならではの販売ハードルの低さによって、2023年以降のインディゲームブームを巻き起こします。ジェネリック・ポケモンとして大ヒットした『パルワールド』を筆頭に、2024年にはインディゲーム市場だけで6,000億円規模(※7)にまで膨れ上がりました。

ここで改めて音楽の話に戻ります。

いまやCDを直接再生して音楽を聴いている人は、ほとんどいないのではないでしょうか。かくいう私も、CDを買ったらすぐにiTunesにALAC(アップルロスレス)で取り込み、そのままiPhoneやAndroidベースのハイレゾプレーヤー「HiBy M300」に転送して聴いています。
結局は買った音楽はiTunesで管理しているわけです。そう考えると、利便性という意味ではCDより配信データ販売のほうが断然楽なんですよね。ジャケットやメタデータを登録する手間もありませんし。

上記のゲーム業界におけるSteamもそうなのですが、いまの時代の利便性とは結局「個人のライブラリ(=本棚ないしデータベース)」をどう一元管理するかという話に尽きます。大事なのは、手軽さと検索性です。

さらに最近では、レコチョクやOTOTOYでも非圧縮音源が手軽に購入できるようになりました。iTunes Storeではいまだに256kbps/AACの圧縮音源を販売していて少しゲンナリしますが、44.1kHz/16bitのWAVや、48kHz/24bitのFLAC(※8)を安く買えるなら、もはや利便性ではCDを上回っています。

レコチョクではダウンロード時に回数やPC台数の制限があったりしますが、OTOTOYであればそういった面倒な制約もありません。(※9)
変なDRMもなく、CDを買ってきてリッピングするのと同じか、それ以上に高音質な音源を自宅で簡単に入手できるというわけです。
惜しむらくは、まだタイトル数がそれほど多くない点です。しかし、レコード会社にとってもデータ配信は中古流通がなくなるため好都合ですし、在庫リスクを持たずにロングテールで販売するには最適です。
ゲームや電子書籍が配信プラットフォームによるライブラリ化でコンテンツを“消費されにくく”し、ロングテール商法を可能にしたように、音楽もまた「昔の曲をふらっと聴きたくなったときに、デジタルですぐ買える」――そんな時代が、もうすぐ来るのかもしれません。

結論

冒頭に戻ります。私が今回購入した「ラフ×ラフ」や「ドラマチックレコード」のようなインディグループにとって、昨今のロスレス・ハイレゾによる配信データ販売は、まさにベストマッチだと思います。一方で、ドラマチックレコードが明らかに「これから一気に売れていこう」と気合を入れた「君はソナチネ」だけをCDで発売していることからも、「CDで出せる」ということが、ある種の人気のバロメーターや象徴になっている側面はありそうです。

国土が狭く、都市部であればそこまで遠くない場所にCDショップがある日本では、CD自体が完全に絶滅することはないのかなと思います。一方で、スマホやタブレット、PCなどにどんどん機能が集約されていく最近の流れを見ると、音源のデジタル販売は今後ますます増えていきそうです。

海外ではサブスク型のストリーミングサービスがほぼ市場を独占しており、アーティストは楽曲販売そのものでの収益化を諦めて、ライブやマーチャンダイズへと舵を切っています。そういった意味では、電子書籍市場やゲーム市場とは異なり、海外の巨大プラットフォームが日本に攻め込んできて、音楽のデジタル販売プラットフォームを丸ごと奪ってしまうというような展開には、なりにくいのかもしれません。
だからこそ、音質が悪かったり変な制限があったりするような業界主導の使いにくいサービスではなく、ユーザーが本当に使いやすい統一的なサービスがどこかから登場してくれないかなと思っています。カート機能すらないレコチョクあたりに、心を入れ替えてもらうのが一番手っ取り早いんですけどね(笑)。


注釈

  1. リリースや宣伝のスケジュールは、ある程度レコード会社が主導して決めます。たとえば「1年間にシングル3枚、アルバム1枚は出してください」というような“縛り”があったりします。
  2. これは動画コンテンツでも同様で、NetflixやAmazon Primeで動画を配信するには、専用のアグリゲーターを通じて、エンコードや多言語対応(字幕・吹替)などを行う必要があります。
  3. 最近では「TuneCore, Inc.」のように、個人向けにアグリゲーションサービスを提供する業者もあります。
  4. 暗黙の了解として、AKB系列が新型コロナ対応として握手会をやめたことでマーケットデータがガタっと下がりました。業界の人は全員分かってますがレコード協会等の業界セミナーでは絶対明言しません。
  5. こういった通販サイトは、欲しい商品をピンポイントで買うのに特化しており、いわゆる「ジャケ買い」的な偶発的需要は期待できません。
  6. キャパ1,500人前後。ZEPP単発ライブは音楽業界の一つの壁です。さらに地方を含めたZEPPツアーができるようになると、ファン以外でも「アーティストの名前は聞いたことがある」ぐらいの知名度になり、単発ライブで豊洲PIT、日比谷野音、NHKホールあたりの3000キャパが視野に入ってきます。そこを突き抜けるとパシフィコ横浜、東京国際フォーラムA等の5,000キャパに挑戦でき、いよいよ日本武道館が見えてきます。
  7. 2024年時点で、世界のゲーム市場は30兆円ぐらい、音楽市場はライブを含めて50兆円ぐらいです。
  8. 44.1kHz/16bitのWAVはCDと同じ音質です。前の44.1kHzが「サンプリング周波数」、後ろの16bitが「ビット数(量子化数)」を表します。 「なめらかな音の波」を方眼用紙上のドット絵のようなカクカクしたデジタルデータに変換するときの「マスの細かさ」を表しており、横軸(時間軸)がサンプリング周波数、縦軸(音の大きさ)がビット数です。両方の数字が高ければ高いほど、よりハッキリした音になったり、デジタル化するときに消えてしまう小さな音(息遣いやピアノを触る音等)が聞こえるようになります。どちらかの数字がCDより大きければ「ハイレゾ」と呼びます。ちなみにレコード会社で原盤として保管するマスターデータは192kHz/32bitか96kHz/24bitが多いです。
  9. 一部ソニー系列の楽曲には、ダウンロードは10回までといった制限がありました

ChatGPT大先生による本日のまとめ

要約

音楽ビジネスはCDから配信データ中心へと変化。特にサブスクよりもダウンロード販売が利益に直結しやすく、今後は音楽もゲームのように“ライブラリ化”され、デジタル管理の時代が主流になると筆者は指摘している。

要点整理

– 音楽業界の収益源としてCD販売と配信が並びつつある
– メジャーとインディーズの境界は曖昧になっている
– サブスクは収益性が低く、ダウンロード販売の方が利益が出やすい
– CD製造には在庫や流通リスクがあり、費用対効果が低下している
– CDと配信の利益分岐点は約5,000枚(DL)
– デジタル配信は高音質・高利便性で、作り手・ユーザー双方にメリット
– Steamに見られる“ライブラリ化”の流れが音楽にも起きている
– 音楽のデジタル販売はロングテール化にも適している
– 日本ではCDが文化的・象徴的な意味を持ち、完全には消えない見込み


筆者注:こんな簡潔にまとめられたら、文章家の商売上がったりだよ!(笑)

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